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第1話 【初夏・北陸への誘い・・・】
これは高校生の頃のゴールデンウィークの時のお話。
夏の北海道行きが自分の定番になり始めた頃、ゴールデンウィークにはどこ行こう?って考えた。
当時、高校の鉄道研究部に籍を置いていた『鉄チャン』だった私には何故か憧れていた場所があった。
それは北陸の富山県内を走っている『富山地方鉄道』だった。
基本的にはあまり長い編成で走っている列車より短いほうが好きだってのもあったんだと思う。
立山を始めとした北アルプスをバックに走る姿にも憧れがあったんだろうな。
そんな感じで目的地を決めた私。
アクセスはどうしよう??
富山へ直接行くだけならば、当時あった『北陸ワイド周遊券』の方が値段としては安い。
でも、今回はあえて予算的にはちょっと高めの『立山・黒部アルペンルート周遊券』の方に決めた。(こっちは現在も『立山・黒部アルペンルートきっぷ』か何かで現在も発売中)
現在、周遊券ってのは周遊きっぷと名前を変えて発売されているけど、やはりこれって時代の流れなんでしょうか?
周遊券っていうのは周遊区間までのアクセスは急行列車までの自由席に限るって規定があったんだけど、急行列車って現存しているのがかなり希少になってきていますから・・・使いたくても使い道が限定されていった運命があったかも。
だから『ゾーン券』と『ゆき・帰り券』に分けてしまうという。まあ・・・仕方ないんだろうけど『気ままな旅』派の自分としては選択肢が限られてしまうという点で寂しいなって思ってしまうのですが・・・
さて、当時の私の話に戻ります。
『立山・黒部アルペンルート周遊券』の入りってのは富山側から入るか長野の信濃大町方面から入るか・・・どちらかである。
富山側からなら夜行急行の『能登』で、長野側からなら『アルプス』でってのが周遊券での定石でしょう。
色々と考えたけど、急行『能登』は帰りでも充分乗れる機会がありそうなので行きは『アルプス』行こうと決めた。
当日の深夜11時過ぎ・・・私は新宿駅のホームに立っていた。
『アルプス』の発車するホームには今までの旅では、ちょっと見たことのない雰囲気の方々が集まってる・・・
いわゆる『山屋』と呼ばれる方々・・・山登りに行く人たちですね。
この列車は早朝に大糸線の主要な駅に到着することから、そういう愛好者の方々の定番列車となっていたのである。
この姿は当時の私にとってはカルチャーショックだった・・・
だって・・・列車の中で平気でシュラフを広げて寝てたりする人もいたりとか・・・(爆)
正確に言うと寝転がれるほどのスペースは各人には無くて、シュラフに包まって座ってるといった感じか。
現在の『アルプス』は『あずさ』の車両を使用して運行しているが、当時はいわゆる『急行型』の車両を使っていて、こいつはシートが垂直でリクライニングしないボックス席。(垂直イスなんてうちらは言ってたけど。他ではどう言うんだろう?)
ただ、こいつは普通に座ってるとやがて苦痛になったくる代物だが、ひとたび『寝る』という行為をするとなると具合がよかったりしていた。
まっ平らなシートが2座分を確保できるときにそのまま横になるには都合がよかったり、裏技的な使用法としてはシートをひっぺがして(座る部分が外せたんです)
それを床に敷いてマットレス替わりにしたりとか・・・(爆)
もっとも、これは通路を通る人には迷惑な事なので先頭車両もしくは最後尾の車両のデッキ側の座席の人の特権としてもっぱら使われていた技法ではあったのだが・・・
さて、何故かホームで知り合った『山屋』の方々のお陰で運良く座席は確保できた私。
でも、夏に行った東北本線の急行『八甲田』あたりとやっぱ雰囲気違う・・・
あちらはやっぱ朴訥な東北のおじさんやらおばさんが隣にいて、何かと世話を焼いてくれたりとかしたんだが・・・結構こちらは淡々と事が進む。
まあ、親切ではあったしこれはこれで気分のいいことなんだけどね。
私を乗せた急行『アルプス』は車内の雰囲気と同じく淡々と先を進んでいった。
夜が明けたときには列車はこれからアルペンルートへの入り口となる信濃大町駅へと到着した。
これから本格的に山へと向かう人たちはせっせと先を急いでいた・・・ で、こちらはといえば・・・山へと行く割にはこれから先は割と安直な手段だったりするわけで。
あくまで立山黒部アルペンルートの切符が指定するルートを辿っていくだけ。
ここから先は信濃大町から扇沢というところまでバスで移動することになる。
さぁ!いよいよアルペンルートかぁ・・・
本命は『富山地方鉄道乗車』なはずだが、何故か期待に胸が膨らむ私であった・・・
[ 続く ]
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