| |
|
第10話 【ついに船出…】
結局、初めての礼文島には釧路で待ち合わせをしていた友人のことも気にかけながらも、気がついたら3連泊してしまっていた。
本来のスケジュールだと1泊しか出来ないはずだったのに…
その3泊の間にいわゆる8時間コースを2日で分割して歩き、最後の日はゆっくりと宿の周辺でぶらぶらと過ごしていた。
昼飯を食うときには、先述のレンタカー男達が町まで車で送ってくれたりして役には立ってくれていた。
もっとも、宿から食堂などのある町までなんて歩いて15〜20分程度だったのだが…
でも、不思議なものである。人が集まるところでは気がつくと自然にグループが出来あがっていたりする。
これまでは基本的に終始一人で旅が完結していたので、体験したことのない世界ではあった。
でも、心地のよい世界でもあったけれど…
3泊の後、翌朝の1番のフェリーでついに島をたつことになった。
なんとなく仲が良くなったメンバーが集まっちゃって、一緒のフェリーで島を出る感じになった。
船出するときの雰囲気って一種独特の雰囲気がある。
だいたいこの頃あたりからだったろうか…港から船が出るときに船と陸の間に紙テープなんかを渡しちゃったりする光景が見られなくなってきたのだけれど、これは港が汚れるからって事だけが理由らしいのだけれど(確かに紙テープは用済みになればただのゴミ…)、ここではその光景は健在だった。
それに加えて港で見送る人達が、それぞれ唄ったり踊ったりして見送っていたりしてこの島の見送り風景って一種独特のものがあったなぁ…
その光景を牽引していたのは、この島の超有名ユースホステルのヘルパーさん達なのだが。
ここの泊り客以外の人もその光景に目を奪われていたりしていてカメラを向けられたりしていた程だった。
しかしまぁ…これだけ盛大に見送られると、なんだか一人で島を出るって事だったらなんだか戻りたくなってしまうくらい。
実際に某ユースのお客さんらしき人は涙を浮かべていたりしたけれど…
改めて、旅は道連れって感じで一緒に島を出る仲間みたいなものがいて良かったなって思っちゃったりしていた。
これならここを去るときのなんとなく寂しい感じが少しは薄らぐ。
船で去ることの独特の寂しさみたいな感じが…
とにかく船は礼文島を離れていった。
見送る人達は船が島から離れていって、その人達が豆粒ほどの大きさにしか見えなくなってもずっとそこにいて見送っていてくれていた。
不思議な話で見送る側からはもう見えないだろうと思って、船に背中を見せて立ち去ろうとするとその姿が実は船に乗っている側からは見えていたりするのだ。
だから彼らは船が見えなくなるまでずっと見送っている…
そして見送る人達が見えなくなり島影だけが見えるようになる頃、やっと船に乗っている者たちの世界になる。
一緒に島を出た仲間で色々と喋っているうちに船は稚内の港に戻ってきた。
そして、バイクや車の連中と列車で行くものたちとそれぞれの道へと別れていく。
レンタカーの彼らは今日中に札幌まで車を返しに行かないとならないって事で慌しく去っていった。
私を含めた列車組と、気の向くままのバイクの連中はそのまま稚内の駅前で列車の出る時間を待っていた。
バイクの人達はどうも私達を見送ってくれるようだ。
列車が発車する時間になった。
彼らはわざわざ入場券を買ってまでして見送りに来てくれた。
しかしまぁ…列車の見送りは船に比べればあっけない。瞬く間にホームは見えなくなっていた。
気がつけば一人減り、二人減り…とメンバーはバラバラになり、列車に残ったメンバーは私を含めて3人だけだった。
これから大雪を登るという岐阜の学生の男の子。大阪で保母さんをしているという女の子。
大雪に行く彼とは旭川で別れた。
大阪の保母さんとは札幌まで一緒だったが、私はこれから先もひたすら列車を乗り継いで帰らないといけないのでここでお別れ。
なんだか…久々に一人に戻った感があった。
今回の旅は前半と後半では様子ががらりと変わった旅だったなぁ。
しかし、今回の旅の特に後半の出来事が今後の旅のスタイルに大きな影響を与えることになったなんてその時は思いもしなかった。
一人に戻ってひたすら列車を乗り継いで予定より2日遅れで家まで帰ってきた。
翌日、友人達に会った私は口々に
『おまえ、北海道で熊に食われてたんじゃなかったっけ??』
とか言われてしまった。
どうも、釧路で待ち合わせした友人が私に会えないまま一足先に帰ってきてある事無いこと吹いて廻ったらしい…
たった2日だっていうのに。あいつ!!
[ 完 ]
|