| |
|
第9話 【時代遅れの列車たち】
ディーゼル列車は独特の唸りを上げて、適度な揺れと気温でいつしか自分は眠っていたようだった。
気がついたときには車掌さんに起こされた。
もう終点の音威子府に着いていると言う…
ていうことは??折角の天北線を丸々眠って過ごしてしまった訳か!
窓の外にはどんな光景が広がっていたかを知らずに…なんか損した気持ち。
とにかく宗谷本線に戻ってきたのだから乗り換えなくちゃいけない。
でも、その前にふと耳にしたことを思い出した…
『音威子府駅の駅そば屋は美味いらしい…』
そうだった…食べてこよう♪まだ乗換えまで時間があるし〜
言われていた通り、まずまずの味だった。
しかしまぁ…音威子府ってのは林業が産業の主だという事もあって、周りは山に囲まれた感じ…
さっきまで寝ていたくせしてまた『ぼぉ〜っ』としてきた。
さて…音威子府に列車がやってきた。名寄を経由して旭川まで行く列車である。
乗り込んでからまた睡魔が襲ってきた。
やはり船と列車の2連泊はきつかったのか。
昨晩は風呂にも入ってないし…今晩も入れるあてはないし……
ほとんど外など見る余裕の無いまま旭川へ到着。
昨晩、夜行列車を待った時は妙に寂しい感じがしていたが、さすがに昼間は札幌に次いで2番目の都市だけあって結構な賑わいだった。
結局、旭川はあくまで乗り継ぎという感じでこれといって何も見ずに札幌へ向かう。
札幌に戻ってきたときには夜だった。
これから先は今はもう無いが、小樽、倶知安経由で函館に行く夜行の各停が当時はあった。
現在で言えば苫小牧・室蘭方面を経由する夜行快速『ミッドナイト』の前身だったのだろうか?
それにしても1日目の晩はいいとして…2日目の晩は青函連絡船のシャワーを使えた。3日目は車中泊。
今晩こそは風呂に入りたいなあ…
でも、札幌のど真中には銭湯はなさそうだ。むしろ旭川とかの方が探しやすかったかも知れなかったが、もう戻って探す時間なんか無い。
以前の旅で函館には駅から歩いて10分程度の所に銭湯があるのは知っていたが、函館まで待つのか??今晩入りたいのに…うむむ…
今、考えれば2日位風呂に入らなくたって大丈夫なはずだし、都市にはサウナとかあるからそこに行けばよかったはずだが、当時19歳だった私にはそこまで考える余裕も経験も無かった。
まぁ、サウナを思いついても千円以上はたいて風呂に入ろうという考えは起きなかっただろうが…
そんなことしてるうちに時間はどんどん過ぎて行く。夕飯を食べるのが先決!って事で、夕飯を食べに行った。
何を食べたかは今は思い出せない…ラーメンで済ましたわけではなかった様には思うけど。
結局、二晩連続で風呂に入れないままで、小樽・倶知安経由函館行きの夜行の各停が来た。
また、この列車がすごかった!
客車の列車だったが…その当時でも既にかなりボロだった。
室内は蛍光灯ではなく。床も木製。当然、冷房なんかあるわけが無い。
窓を全開にして列車は函館へ向かう…
そして、デッキに行ってもっと驚いた!
ドアは自動ではなく走行中も開くのである。っていうか開いて走っていた…
現在ならドアを開けながらの走行は危険だから、絶対しないだろう…仮に故障でやむを得ず開きっぱなしの時もロープを張るか係員が付いての走行になるだろう。
でも、この列車はドアを開けたまま平然と走っている!
昭和30〜40年代なら当然だったかも知れない光景だったろうが…既に昭和も60年を過ぎた今、こんな光景に出会うとは私も思っていなかった。
北海道は全国で使い古された列車たちが集まってきているとは聞いてはいたけれど…
まぁ、自分もそれが危ないだととか思わなかった。
自分もデッキに腰掛けて一応安全のために左手は手すりを握って覚えたての煙草をふかしていた…
結構、窓とかから入って来る夜風は気持ち良かった。涼しいとまでは言えるものではなかったが、北海道は湿度が少ないの
でからっとした風だったから…
もう…二晩続けて風呂に入れなかった事なんかすっかり忘れてしまっていた私だった。
[続く・・・]
|