【旅のルーツ・その1〜急行『おが』のきおく〜】

このサイトの旅行記にもあるように、私が生まれて初めて一人旅をしたのは15歳の夏だったのだけれど、その根底にあるものが目覚めたのっていつの頃からだったんだろうか?
自分の記憶の中を紐解いてみる・・・

私が生まれたのは秋田県のとある市街地、というか正直に言うと国鉄の工場があるとある町でした。(現在でも小規模ながらJRの工場となって現存してるはず)
これは母親が国鉄職員だったということもあったので、その国鉄の病院で生まれたわけなのですが・・・
その後、幼少の頃を同じ県内の男鹿半島のとある村で過ごした後に小学校の頃には現在の横浜市内に移り住んで今に至る訳で。

それで、小学生になった時には夏休みや冬休みになるたびに帰省することになったのですけれど、帰省の足は自家用車だったり列車だったりさまざまで・・・
まあ、夏場は車で行くのもそんなに厳しくは無いんだろうけど(それにしても今ほど道路事情が良くは無いので大変だったはず)冬場は車ではちょっと厳しいものがあったりするので、冬休みの帰省は専ら列車でってことになります。

その列車なんですが・・・
今みたいに秋田新幹線はおろか東北新幹線すら未開通の時代。
直行で秋田に行きたいと思えば、上野から出る福島・山形経由の特急『つばさ』、新潟経由の特急『いなほ』がメインで1時間に一本ほどの割合で上野から出ていたりしてました。
その他の選択肢というと、夜行の特急・急行になるわけで、秋田まで行く列車はといえば福島・山形経由で寝台特急『あけぼの』、急行『津軽』、『おが』、あとは新潟周りで寝台特急『鳥海』、急行『天の川』、『出羽』とか・・・(新潟周りの列車に関しては、記憶があやふやな部分に加えてちょくちょく変わることがあったので定かではないです。『鳥海』も急行だった時代とかもあったような??)
まあ・・・新幹線全盛の現在に比べると、バラエティー豊かというかなんと言うか。効率最優先となった現在では考えられないほどの数多い列車たちが走っていたなあ・・・って今になって思ったりもしますが。

その中で、私たち家族が主に使っていたのは時間優先だと『つばさ』。あとは夜行列車も結構乗った記憶があって、大体そのときは『おが』だった。
その理由は一目瞭然で、実は先ほども出てきたけれど故郷が男鹿の方なので、『おが』だと秋田から先に男鹿線まで入っていくので乗換えをしないでも済むからに他ならないんですけれど。そんなわけなんで、結構子供の頃の帰省の記憶って、この急行『おが』の記憶がかなり濃いものになっていたりもします。

さて・・・そんな子供の頃の記憶の中からのお話などを。
これは小学校何年生のときだったかまでは残念ながら思い出せないけれど。
冬休みに帰省することになり、この時も夜出発だったのでチョイスは当然のように『おが』となって、上野駅まで行ってこの列車に乗車をしたのでした。

子供の頃って、夜寝ないで起きてることがドキドキしたりとかするもんだったりしません??
その頃の私も、ずーっと車内で寝ないで起き続けていたのだけれど・・・
そうしているうちに列車は福島を過ぎて車窓に雪景色が見えてきた。

秋田から横浜に移り住んできた私にとって、実を言うと雪の記憶って数少ないものだったりもするんです。
時々横浜に降る雪でも心躍らせたりとかするもんだったりして・・・
そんな私ですから、余計に眠さも吹き飛んで窓の外の雪景色に見とれていたのでした・・・と言っても真夜中なのでほとんど見えていないのだけれど。

やがて、列車は山形県内へと進んでいって、とある駅に停まった。
この駅・・・どこだったんだろう??あまり記憶がはっきりしないのだけれど、多分赤湯とかその辺だと思うんですけれどね。
外はかなり雪が降ってる状態で・・・でも吹雪って感じじゃなくて・・・しんしんと降り積もってるって表現が一番似合う感じ。

なぜかその駅に列車は停車したまま一向に発車する気配もない。
今思えば、夜行の急行なんだから時間あわせで必ず何処かに長い停車時間の駅ってあるわけで。
たまたまその駅がその場所だったんだろうでしょう。

あまりにも長く停まってしまってるので、ついつい私は車両の外に出てしまった。
駅のホームにもかなりの雪が積もっていた。
最初はその雪を手にとって喜んでいたのだけれど、そのうちなぜか私は雪だるまをそこに作り始めてしまった。
せっせとまわりの雪をかき集めてはだるまにしていって・・・
小さいながらもそれなりに雪だるまに見えるかな?って格好がついてきた頃、突然ホームにベルが鳴り響いた。

結構、夢中になって作り続けていて時間が経つのを忘れてしまっていたようで発車の時間がきてしまったらしい。
あっ!!と思ったら、列車の扉は閉まってしまった。
そして、列車が走り始めてしまった!!

やばい!取り残されるっ!!
『あぁぁぁああああっ!まってぇ〜っ!!』
私は叫ぶびながら列車を追いかけて走り始めた。

でも、叫び声は空しく列車のスピードを早めていく。
駄目か・・・諦めようかと思ったときに、最後尾の車両が私の横をすり抜けていった。
このときに車掌さんが私のことに気づいたようだ。

『どうした!!』と車掌さん。
『のるぅ〜〜〜〜〜っ!のせてぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』と私は叫ぶ。

この声を聞いた車掌さんは列車を止めてくれるのかと思いきや

『頑張れ!』

え?止めてくれないのか??(爆)
仕方なく私は走り続ける。

車掌さんに追いつきそうになったとき、

『もっと頑張れ!いいからつかまれ!!』と車掌さん。

私は手を差し出した。
その手を車掌さんは掴んだと思ったら、ぐいぐいっとかなり無造作にその手を引き寄せた。
その力といったら・・・一瞬腕がちぎれるかと思ったくらいで。
でも、私がまだ子供だったこともあって、車掌さんの力でそのまま車内まで持っていかれてしまって最終的には事無きを得た。

車掌さんに、また『どうしたの?』って聞かれたけど、まさか雪だるま作ってたら乗り遅れちゃいましたとは言えずに、単に外に出ていたら乗り遅れちゃった・・・とだけ言って、お詫びとお礼を言ってから座席に戻った私だった。

しかしまあ、なんであの時車掌さんは列車を止めてくれなかったのかな?なんて思ったりもするんだけど、多分私の足でもまだ追いつきそうだったから最終的に間に合わなかったら止めればいいと判断したんだろうと思いはするのだけれど・・・
どっちにしても、乗り遅れた私も私だったから何も言えたもんじゃないのですけれどね(爆)


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