【二十歳の感動】

私は気が向くと本当にふらっと旅に出てしまう。
最近でこそちょっと腰が重くなってきていて、多少の予定をつけないと出かけれられなくなってきてはいるけれど、かつての私は本当に思い立ったらバッグを抱えて列車に飛び乗ったりしていた。

そんなふらっと旅に出た先で色々な人との出会いがあったりする。
面白い奴に出会うこともあれば、嫌な奴と出会うこともあったりして…
こればっかりは行ってみないとどういう人達に出会うかなんて分かりゃしない。

それはまだ私がとっても若かった頃のお話。
まだ20歳ちょっとだったかな…
その頃に出会った仲間はほぼ自分と同年代ではあったけれど、自分はそれでもその中ではまだまだ若僧な部類と言える方だったようで、今考えればほとんど差なんてないって言える程度の歳の差しかないの
にちょっとだけ年上の人達に、まぁ説教といえるほど堅苦しくも無いけれど色々と言われたりしていた。

そんな中で出会ったとある女性の話が今でも時折脳裏をかすめることがある…
年齢的には自分より3〜4歳程度上だったと思う。
今ならそんな大人ではない年齢だとか言いきってしまえるかもしれない歳。
でも、その当時はかなり大人びた感じに見えていた人だった。

そこにいたメンバーもお互い自由な旅を楽しんでいる者達で、今という時間を楽しんでいる訳だった。
いつだっただろう…何故か自分達の年齢の話に会話が及んだ時だったろうか?
彼女がふと発した言葉。

『二十歳の感動って二十歳でしか味わえないんだよね…』

最初は彼女の言う言葉の意味が当時の私にはわからなかった。
そこで彼女は続けて言うのだった。

『二十歳の時に行きたいって思ったところに行くことが出来なくて、五十歳になって行くことができたにしても、それなりに感動は出来るかも知れないけれど二十歳の頃に思ったときの感動って味わえないんじゃない?』

この言葉の意味はその当時は『あぁ…そんなもんなのかなぁ〜??』って程度にしか考えていなかった
けれど、自分がその後歳を経るようになって実感を持って分かるようになってきた。

物事にはチャンスというか、潮時みたいなものがあるものだったりする。
ふと思ったときに行動しないとそれを逃してしまうような…
同じ場所に行くにしてもその時ってものがあったりするような気がするのだ。
確かに場所が同じなら、基本的に目に移る物は同じかも知れないけれど(正確には季節によっては違うだろうけれど)そこに居合わせる人は違う。
終始一人で行動するならともかく、誰かと出会う事があるならそのタイミングとかってものとか考えると、思い立った時に行動しなければその時に出会えた人とは出会えなかったかもしれないって。

多分、きっとだけれど…違うときに同じ人と出会ったときには違う結果が出たのかもしれないって。
極端な話だけれど偶然は必然だって思うようなこともあったりしたし…
それは男女間の出会いでも男同士の出会いでも同じ。
出会った当時は何も考えずにそんなもんだ…とか思っていたこともあったんだけれどね。

もっともその当時に出会った彼女が放った言葉はそういう意味だけだったんじゃなかっただろうけれど…
本当に純粋な意味でのその年齢で感じるものが変化していくものだって、そういうことだったんだろうけれど。
今出来ることは今やるんだって…
出来ることを後回しにして、後日実現しても仕方ないって部分もあったのかもしれない。
まぁ、仕方なくは無いにしても今出来るならばやっちゃったほうが良いってことなのかな??

自分自身に当てはめてみると…
『遊び』ってカテゴリーに関しては、今!ってときは逃さずにやっていたかもしれない。
そのことで後になって苦労することも無いわけでもなかったりするのだけれど…(苦笑)
でも、比較的後悔ってものは少なかったかも。
やることはやったし…って思えるし、その時の経験も多分財産って訳じゃないけれど何かしら残っていると思うし。っていうか思いたいと感じているだけなのかもしれないが…

ま!“二十歳の感動…”に関しては多分味わえたと思ってる。
でも、“三十路の感動”はどうなんだろうか??
こればっかはもうちょっと努力が必要そうだな…(笑)
10代や二十歳の頃のピュアな感性って程でなくても…
それなりには感じる感性っていうものだけは持ちつづけていたいなって思っていたりします…

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